能登半島地震の災害し尿ごみの課題と対応(環境省の公文書を読む)

環境省「令和6年能登半島地震における災害廃棄物対策」の1ページ目をキャプチャーした画像

環境省の公文書「令和6年能登半島地震における災害廃棄物対策」(2024年1月19日発表)の内容から、令和6年能登半島地震の災害し尿ごみの課題と対応を読み解きます。

2024年7月16日
執筆者 長谷川高士
くまもと水と福祉の研究室 主任研究員

災害廃棄物の中のし尿(便と尿)

法律上、し尿(便と尿)は廃棄物に該当します1。ゆえに、2024年7月現在、し尿の処理に係る事務を所管する国の機関は環境省です。

環境省は、令和6年能登半島地震に関する対応についての複数の文書を公表しています。

その一部は「災害に伴う廃棄物」の処理に関するものであり、さらにその中の一部にはし尿の処理に触れたものがあります。

今日は、その文書の1つ、「令和6年能登半島地震における災害廃棄物対策(以下、「当該文書」とします)」2の内容を紹介し、それを足がかりに情報を整理します。

能登半島地震での避難所のし尿処理の状況

当該文書内でし尿処理に触れている箇所は2ページ目にあります。表題は「避難所のし尿処理の状況について」です。

当該文書の2ページ目をキャプチャーした画像

A4版1ページにまとめられたその内容は、【現状】【課題】【対応】の3つで構成され、さらに写真や図版などのイメージがそれを補完しています。

内容の対象は、当該文書中の表現をそのまま借りれば、「仮設トイレ」と「簡易トイレ」です。この2つの災害用トイレの手段について、現状を踏まえた課題とその対応が示されています。

公文書を読み解くための事前準備

公文書を読み解くために、多くの場合、事前の準備が必要です。

当該文書については、【用語の課題の確認】と【時制のリセット】という2つの準備が必要でした。

用語の課題の確認

用語に対する私の感度は常に鋭敏です。

用語それ自体は本質的なものでない一方、用語によって誤解や齟齬が生まれれば、それらが本質に関わる問題に発展しかねないからです。

文書中の「簡易トイレ」が意味するところ

当該文書中にある「簡易トイレ」は、水分を吸収して安定させてごみに出す、という方法を指しています。

ただし、それが分かるのは文書中に用語の定義があるからではありません。前後の文脈から「そう読み取れる」のです。

そして、読み取れてしまうがゆえに、用語の定義は当該文書中にはありません。

あらためて断っておくと、批判したり訂正を求めたりすることを直接的に意図してこの話題に触れているのではありません。現状を受け入れたうえで適切に整理するために必要な準備作業を行っています。

とはいえ改善を求める意図はあります。その内容を以下にまとめます。

文書中の「簡易トイレ」の使い方は期待されたものではない

内閣府が2016(平成28)年4月に発表した「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン(以下、「ガイドライン」とします)」には、災害用トイレの種別と内閣府がそう呼んでほしいと考えた種別名が示されています3

当該文書内で環境省は「簡易トイレ」と呼んでいるものは、ガイドラインで内閣府が「携帯トイレ」と名付けたものです。

内閣府が期待を込めた名付けは、発表から8年以上が経過してもなお、残念ながらこのように定着していません。

同じ政府の中ですらこの状況なのですから、社会全体では「言わずもがな」です。

「簡易トイレ」の再定義による使い分けは不合理な目論見だった

そもそも「簡易」や「携帯」という語は〈イメージを想起する力〉が極めて大きく、定義などという論理的な手続きで制御できるほどの従順さをすでに持ち合わせていません。

内閣府の意図をじゅうぶんに理解し、かついわゆる「後出しじゃんけん」的であることも承知のうえであえて指摘をすれば、「携帯トイレ」や「簡易トイレ」を再定義して使い分けようとすることは、費用対効果の観点からも割に合わない不合理な目論見だったのです。

「簡易トイレ」は解釈の幅がより広い言葉

制御できない語であるからこそ、行政機関(特に政府機関)には不用意な用語を控えてほしい、と願っています。

「簡易トイレ」は「携帯トイレ」よりも解釈の幅が広いといえます。

それは「簡易」という語が持つ〈イメージを想起する力〉が、「携帯」のそれよりも大きいことに起因します。

平たくいえば、ある2人が「簡易トイレ」という語を耳にしたとき、互いの頭に思い浮ぶものが一致しないことは「じゅうぶんにあり得る」のです。

せめて「簡易トイレ」という語の単独使用を控えてほしい

このように「簡易トイレ」という語を単独で使うことは、いたずらに混乱を助長するおそれのある用語だといえます。

よって特段の事情がない限りは、「簡易トイレ」という語の単独使用を(少なくとも行政機関は)控えるべきである、と私は考えます。

そして特段の事情により「簡易トイレ」を単独で使用しなければならない場合には、用語の定義を必ず書き添えるべきです。

住民個人や民間事業者にこれを求めることが割に合わない不合理な目論見であることは、先に書いたとおりです。けれども、せめて行政機関だけは、この求めに「ぜひとも応えてほしい」と私は望んでいます。

「固形ごみ」という語の不用意な新造

不用意な用語には、新たに語を造る時にも起きがちです。

当該文書には、「固形ごみ」という歴史の浅い語が使用されています。

この「固形ごみ」という語の当該文書中における意味は、お察しのとおり、使用済みの“簡易トイレ”、のことです。

「文脈から分かるのだからよいではないか」
たしかにその考えにも頷けます。

しかし、無用な混乱を広げないためにも、語の新造を不用意に行うことも極力避けるべきである、と私は考えます。

「固形ごみ」という語の新造が周到な用意のうえに行われたものだとは、少なくとも私には思えませんでした。

内容の整理のために時制をリセット

繰り返しになりますが、当該文書の2ページ目は【現状】【課題】【対応】に分けられ構成されています。

ところがよく見ると、【現状】の中に「かつての【課題】とその【対応】」が含まれていることが分かります。

当時の【現状】も、現時点では過去のこと

読者が立つ時点においては、当該文書中の【現状】はすでに過去のことです。

ゆえに、当該文書で【現状】が区別されていることが、返って読者にとっての分かりづらさを生んでしまっているのです。

【課題】と【対応】の2つに新たに分け直す

そこで、当該文書の記載内容の整理のために、書き手が立つ時点をあえて無視する手続きとして、時制をリセットして語尾を現在形で統一します。

そのうえで、記載内容をあらためて【課題】と【対応】の2つに分け、相互に対応させて整理します。

仮設トイレ

仮設トイレとは可搬トイレユニットのことです。

中でも特に「貯留・汲取型の非水洗式」のものを指すことが多く、当該文書でもそのように使用されています。

能登半島地震での仮設トイレの課題と対応(2024年1月19日まで)

時制をリセットしたうえで整理した「(当該文書に記載されている)令和6年能登半島地震での仮設トイレの課題と対応(2024年1月19日まで)」は、次のとおりです。

1)し尿処理施設

課題被災により一部が稼働していない
対応停止中の施設を仮の貯留タンクとして使用
下水処理場でもし尿を受入

2)仮設トイレの設置数

課題十分ではない(900基)
対応引き続き設置を推進

3)汲み取り頻度

課題1日1回を目指すも途上
できているところも維持は容易でない
対応設置状況をリスト化して自治体に提供
運行管理担当者を環境省から派遣

4)衛生環境や利便性

課題実態を完全には把握してきれていない
把握している中に不適切な使用状況(和式である、照明がない)を確認
対応状況とニーズ把握の調査を環境省が実施
洋式アタッチメントと照明を手配
環境改善に向けて県や関係団体と連携

所感-既視感と後手を踏んでる感

いずれの課題にも「既視感」を覚えます。

これまでの大規模災害で確認され、その都度対応方法が積み上げられてきたものばかりです。

裏を返せば、その積み上げてきた対応を粛々と行っているともいえます。

ただし一方で、一部の対応については準備不足による「後手を踏んでる感」が否めません。

携帯・簡易トイレ

次に“簡易トイレ”です。

くどいようですが、当該文書で使用されている「簡易トイレ」は、水分を吸収して安定させてごみに出す、という方法のことです。

当研究室では、この方法のことを「携帯・簡易トイレ」と呼ぶことにしており、本稿でも以降はこれに統一して書き進めます。

携帯・簡易トイレについても、仮設トイレと同様に課題と対応を整理します。

能登半島地震での携帯・簡易トイレの課題と対応(2024年1月19日まで)

時制をリセットしたうえで整理した「(当該文書に記載されている)令和6年能登半島地震での携帯・簡易トイレの課題と対応(2024年1月19日まで)」は、次のとおりです。

1)回収体制

課題確保を目指すも途上
対応県内外を含む65台のパッカー車で対応

2)回収時の衛生面

課題中身の飛散防止など維持・徹底が不十分
対応ほかの燃やせるごみと分別する
ごみ袋の色分けにより回収従事者に注意を喚起

所感-ようやく認識されたごみ回収の課題

認識された課題は、いずれも使用済み携帯・簡易トイレの「ごみ回収」に関するものです。

ごみ回収の課題が認識されたことは、それなりの量(回数)で携帯・簡易トイレが使われたことを意味しています。

ごみ回収の課題は、それなりの量が使われることで初めて認識されるからです。

使用済み携帯・簡易トイレのごみ回収の実態は不明

その後、回収体制は十分であったのか、あるいは中身の飛散による事故の頻度や汚損の程度がどうだったのか、については不明です。

なお、中身の飛散によるパッカー車の汚損や回収従事者の苦労(苦悩)が一部で報道されてもいます4

ただし、その事象が全体に占める割合が明確ではなく、取り扱いに慎重さを要する情報だといえます(報道内容の真偽を疑うわけではありません)。

重要なのは、飛散や汚損が起きないようにする努力

実際にどうであったかはさておき、汚物の飛散やそれによる汚損が起きないようにすることは極めて重要です。

そのために出す側である使用者ができる努力が「水分をじゅうぶんに吸収して、安定させること」です。

能登半島地震の経験からごみ回収の課題を認識し、わが国は携帯・簡易トイレについての新しい段階にようやく至りました。

この新しい段階では、使用済みの携帯・簡易トイレをごみに出す際の安定度について、よりシビアにこだわっていくことを求められ、また求めることができるといえます。

水分をじゅうぶんに安定させたうえで、飛散や汚損が起きないために何ができるでしょうか。

平ボディー車による回収という理想

「使用済みの携帯・簡易トイレは、パッカー車ではなく軽トラックなどの平ボディー車で回収すべきである」
とよく言われます。

全くそのとおりです。

そして同時に、現状とのギャップが大きすぎる理想でもあります。

理想は手放すべきではありませんが、理想を掲げさえすれば解決する課題は、おそらくこの世に1つとしてありません。

使用済み携帯・簡易トイレの分別という現実的なひと手間

あくまでも「じゅうぶんに安定させたうえ」での話にはなりますが、ほかの燃やせるごみと分ける「使用済み携帯・簡易トイレの分別」は、汚物の飛散による被害を防ぐ効果が期待できます。

ごみの回収作業に従事する人が適切な注意を払うことができるからです。

この点において、当該文書で示されたごみ袋の色分けは、回収作業員の注意を払うコストを軽減できるという意味で有用です。

特定の色の袋を配布する経済的なコストが、軽減できるそれを大幅に上回らなければ、検討にじゅうぶん値します。

脚注
  1. 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45年法律第137号)第2条第1項,https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000137(2024年7月16日情報取得) ↩︎
  2. 環境省(2024年1月19日)「令和6年能登半島地震における災害廃棄物対策」,https://www.env.go.jp/content/000194024.pdf(2024年7月16日情報取得) ↩︎
  3. 内閣府(2016年4月)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」,pp.12–16,https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1604hinanjo_toilet_guideline.pdf(2024年7月16日情報取得) ↩︎
  4. 藤井誠一郎(2024年3月6日)「被災地の便乗ごみや避難ごみ、清掃職員のリアル 浮かび上がる「清掃サービス」提供の課題」『東洋経済ONLINE』,P.5,https://toyokeizai.net/articles/-/738320(2024年7月16日情報取得) ↩︎